「ねぇ、ティキ」
「お嬢様、なんでしょう」
「ケーキ食べたい。ショートケーキ。料理長に頼んどいて」
「かしこまりました」
「ねぇ、ティキ」
「お嬢様、なんでしょう」
「街に行きたいから、車出して」
「かしこまりました」
「ねぇ、ティキ」
「お嬢様、なんでしょう」
「……ううん。なんでもない」
「ねぇ、ティキ……いや、いいや。ごめん」
「最近さ、お嬢様がなんかおかしいんだけど、ロードなんか知ってるか?」
「おいしいキャンディがないとかじゃないの〜?」
「おまえじゃないんだから」
気分が変わるようにとお嬢様が好きなアップルティーを入れようと思って、お湯を沸かしている。使用人の中では一番お嬢様と仲がいいロードに聞いても返事は相変わらず、丸められまた伸ばされた紙のように役に立たないような意見ばかり。一体何がいけないのか一人で考えてみてもさっぱりわからない。
こういう時は放っておくのが一番なのかもしれないが、「ティキ」と呼ぶ彼女の声が聞こえない位置にはいられない。いたくない。
「あーもー訳わかんねー。一体俺はどうすりゃいいの」
「名前呼んだりしたら? オジョウサマ、じゃなくってさ」
「さすがにそれは雇われ執事としてなぁ……」
名前で呼んだら、気持ちに歯止めがかからなくなりそうだ。
「お嬢様」という単語だけならまだなんとか耐えられる。自分は今仕事をしているのだと。
「つか直に聞いてみたらいいじゃん。それか告るとかさ。グッドアイディア!」
ノリに乗ったロードに軽くゲンコツを食らわせる。
「ふざけんな。大人いじんのも大概にしろ。そんなの出来たら苦労はしねぇよ」
「えーいいアイディアだと思うんだけどなぁ〜。……まぁとにかく様が小食気味でこっちも困っちゃってさー。どうにかしといてよ、専属執事なんだから」
淹れたアップルティーを持ち、お嬢様が居る部屋のドアを叩く。
どうぞ、と彼女特有の少し高い繊細そうな声が聞こえた。
ドアを開けたら、また最近の今にも消えてなくなりそうな笑みを浮かべるのだろうか。
***
渡されたアップルティーを覗く。カップの中、茶色に映る私の顔。それはいかにも――。
頭を振り、自嘲気味に笑う。最近どうもダメだ。この感情が何か知ってしまったから。この感情につける名前はわかってる。そしてある事を望んでしまっていることもわかってる。ただそれは望んじゃいけないもので、そうなれば感情に名前なんてつけたらもっと悲惨な事になる。
「私は家の駒なのにね…」
お城――事業を大きくするための手段、コネを増やすための手段としてどこか親が決めた所にいつか嫁ぐんだろう。そう遠くはない、いつかに。それは幼い時から分かってた。なのにこの感情は勝手に生まれてしまった。静かに、いつの間にか。
私には望んじゃいけない。そしてティキもそれを分かっていてくれるだろう。だからきっと「そのご命令は聞けません」って静かに笑って言うと思う。そしてそれを聞きたくない。だけどやっぱり望んでしまうの。だからいつも声をかけて――やめてしまう。
"お嬢様"なんて呼ばないで。名前を呼んで。もっと側に居て。どこか行かないで。
そう言えたら、受け入れてくれたら、私が自由の身だったなら、もっと楽だったのに。
ティキと逢いすらしなければ、もっと。
けれどこの感情は生まれてしまったのだから。
「ティキ」
「なんでしょう、」
そのご命令は聞けません
「――お嬢様?」
ううん、なんでもないの、と彼女は笑った。
(Project Butler様の素敵企画に参加させていただきました。ありがとうございました)