「どうやらまだ機嫌は直らないようですね」 骸は、バタンッと音をたて重厚なドアを閉めながら、ベッドの上で膝を抱えて蹲る私を視線に捕らえると、その視線を開け放たれた窓へと向け言葉にする。 窓へと近づく骸の長い髪が、風に弄ばれているのを見ながら 「そうね・・・でも、その理由はわかっているでしょう」 私は、ポツリと言葉を零す。 「もちろんわかってますよ、お嬢様。僕は執事として何年、お嬢様に仕えてると思ってるんですか」 振り返り、私ににっこりと微笑み口にすると同時に長い髪が翻る。その瞬間、あっと心の中で声を上げ目を見開く。 そして姿勢を戻し、窓を閉めようとする骸に 「閉めないで」 懇願するように声を出すと、手を止める。 「風が強いのですがね・・・」 と言いながら振り返り、先ほどと変わらぬ笑みを浮かべ言う骸に 「いいから、そのままで」 と言葉を返し視線を逸らす。 骸に初めて会った時、その長い髪に興味を引かれた。髪だけだったのが次第に本人へと興味が広がり、いつの間にか 髪に触れ、体に張り付く汗に濡れた髪にキスを落とし、私の全てになっていた。 ゆっくりと近づく足音。視線を逸らしていても気づく気配。 私に気遣うこともなく、ベッドに掛ける骸のせいで揺らぐ体。 肌に感じる、ピリピリと軽く電流が流れるような痛み。これは、先程まで感じることのなかった温度。我慢しようと頑張るほど痛みは緩やかに増し、耐え切れず長い髪を持ち上げる。そして首筋に唇を押し当て、手にした長い髪を肩に掛け胸の前へと落とし 「骸、愛してる」 骸の背中に抱きつき耳元で囁くと 「わかってますよ、お嬢様。僕もあなたのことを愛してます」 胸の前で組んだ腕を解きながら口にし、右手の甲にキスを落とす。 「でもね、骸それだけじゃだめなのよ。わかってる?」 私の右手を握り締める骸に、ため息を付き言葉にすれば 「駄目じゃないですか、幸せが逃げますよ」 と笑いを含め言い返してくる。その言葉を聞き、これから私の身に降りかかることを脳裏に描き、私の右手を握る骸の手を振り解くとぎゅっと抱きつき長い髪に触れる。 ネロ家の次女と生まれ姉の凪がボンゴレ家へと政略結婚と言う形で嫁ぎ、私はミルフィオーレ家へ。政略結婚、そんなもの親の事業が失敗しなければありえなかったのか、それとも、女として生まれた以上逃れることのできない運命なのか、今はそんなことはどうでもいい。 どっちにしても愛する人と結ばれないことは確実なのだから。 「ねェ、骸はどうして執事なんだろうね。執事じゃなくて、どこか・・・そうね」 「いえ、お嬢様。僕は執事でなくてはならないのですよ」 私の言葉を遮るように言葉にする骸。 「どうして?執事じゃお互いに報われない恋で終わってしまう」 「そんなことありませんよ、僕は執事ですから」 きっぱりとした口調で私の言葉を、退けるかのように言う。 「骸?・・・・・・」 真意が読めない私は、抱きつく腕を緩め体を離し、ゴクリと息を飲み骸に声をかける。 すると骸は振り返り、私を見つめる。 静かな室内、聞こえるのはお互いの息遣いと部屋に入り込む風が奏でる音。そして私が感じるのは、僅かに上がった心拍。 ゆっくりとベッドへと上がる骸のせいで、スプリングが浮き沈みし体のバランスを崩すと 「ほら・・・駄目じゃないですか」 と言い抱きとめる。そのとたんドキッと跳ね上がる心臓。 たががこんなことで、ドキッとしたのはいつ以来だろうと思うと思うと同時に、刻々と近づく時間を忘れようと 「・・・骸」 声を震わせ名前を呼ぶ。 この声に、どれほど抵抗しても叶うはずかないとわかっていても、気持ちは正直なようだと今更ながら気付く。 「どうしたんです?お嬢様」 そんな私を抱きしめ、いつもと変わらない平然とした声で呼びかけて来る骸。 「骸、嫌だ私・・・」 骸の腕の中で身を硬くし言葉にすると「一体何がですかね・・・」と呆れたような骸の声が耳に届く。 そんな骸に 「明日私は結婚するのよ。ミルフィオーレ家の白蘭と」 「知ってますよ、僕は執事ですから」 「そしたら、私はもう骸と一緒にいられない」 頭で理解していても気持ちが付いていかない私は、処理できない思いのまま半ばやけになって言葉にする。 そんな私を見ながら骸は、ゆっくりと息を吐き、抱きしめる私の左の頬に手を当て顔を上げると 「いいですか、僕は執事です。お嬢様に仕える執事です。わかってますか?」 私から目を逸らさず言葉にする。 そんなことは言われなくともわかっている。今さら何を言うのかと思っている私に自分の唇を重ねゆっくり離すと 「だから大丈夫なんですよ」 安心させるかのような声で言ってくる。 ここ数日間苛立ち、焦り、喪失感、これだけの感情を日に何度も繰り返したかわからない。そんな私とは対照的に骸は、迫り来る私の婚儀にも関心を示さないかのようにいつもと変わらない態度。 それが、余計に私の苛立ちを増幅させているときが付いているのか。 「何度も申し上げてるように、僕は執事です。何なりとご命令を」 鼻で笑いながら言葉にし 「執事とあるもの、ご主人様の命に従わなくてどうするんですか」 と耳元で囁く。その言葉にハッとして目を見開き、跳ね上がる心臓。 そんな私を知ってか知らずか構うことなく 「いいですかお嬢様。僕は、あなたの幸せを願っています。ですから、遠慮することなく」 「じゃ、攫って、私を攫って。明日、みんなの前で」 穏やかな声で言う、骸の言葉を遮り口にすると 「みんなの前ですか」 私の言葉に、口元に笑みを浮かべ答える。 その瞬間、、ジワリと流れ込んでくる温かさを感じ 「大勢の人の前・・・そうじゃなきゃ、私は幸せになれない。そうね私は・・・」 しばらく考え 「私は骸と一緒じゃなきゃ幸せになれないよ」 この温かさを与えてくれる人は世の中でたった一人、そんなことを思い口にする。 「わかりました。それがお嬢様のお望みならば叶えましょう」 「ありがとう骸」 「感謝される覚えはありませんよ。お嬢様、僕は執事ですから。明日の僕の仕事は決まりましたね。ウエディングドレスを着たお嬢様を大勢の参列者の前で攫いましょう」 微笑みながら言葉にする骸に、幸せってこういうことなのよねっと心の中で問いかけながら唇を近づける。 |
お嬢様の為ならば、例え火の中敵の中 |
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