はい、皆さん。ここは笑うところです。

「似合わねーアルなー」

 …うるさいよ。



 その頃俺はパチンコでスッたり競馬でスッたりパチスロでスッたりとまぁ、博打でものの見事に負けまくっていて、しかし家賃の請求や食費や食費や食費や甘味などの金は必要だったわけだ。まぁ、いつも通りと言ったらいつも通りの経済事情ではある。
 万事屋を生業にしているわけだから、そりゃあ何でもこなす。つったって、ちょこっとの技術と知識がありゃあどうにかなる仕事ばかりだ。つまり、お手伝い。そして俺は持ち前の器用さがそれを手
助けして、とりあえず生きてこれたワケ。
 その時々で、ソレらしく見えるというのも重要だ。というのは、人は見かけに騙されやすい。上等のスーツ着てスーツケースもって髪を七三で撫で付けていたらエリートに見える、みたいな? そりゃ分かり難いか。白衣着てりゃ医者に見えるしセーラー服着てたら女子高生もしくは女子中学生に見えるって、そういうこと。実際そうであっても、そうでなくても。
 だから普段、作業着に抵抗はない。大工の仕事すんなら大工の格好だし、ねーちゃんの呼び込みなら着ぐるみだ。ちなみに駅に立ってるスーツ姿のおにーさん方、あれはもう決まりきっちまって、酔っ払ったおとーさん方も構えちまうからやめといた方がいいんじゃね? と俺は思う。
 で、だ。ようやく本題。俺は という金持ちの臨時執事になったわけだ。よく俺にこんな仕事が回ってきたといぶかしんだが、これは下のババァの持ってきた話で、つまり胡散臭い。
 とはいえ給料は良い。もともと割高な基本給に、さらに出来が良ければプラスしてくれるっつーんだから太っ腹な話だ。
 そんでまぁ衣装合わせってことで、執事は執事らしくってんで支給された執事服に袖を通してみたら、神楽に思いっきり顔を顰められて「似合わない」と呟かれたわけだった。失敬な、君、減給。

「じゃー大人しくしてるか、もしくは稼いでこい」
「じゃあ僕と神楽ちゃんも連れていってくださいよ」
「仕方ねーだろ。募集してたのが未成年者お断りだったんだからよ」

 そんな押し問答を神楽と新八として、俺は 家へ出向いたわけだった。

「でっけェ家…」

 家っつーか、屋敷? いったいどんな金持ちだよ、と思ったけれど金がもらえりゃ関係ない。天人が来てから様変わりした経済や政治は俺にとっちゃ自分が生きていけるか、それだけが関心ごとなわけで。

「あのォ、今日からお世話になる坂田ですけどもォ」
『……裏口からどうぞ』

 でけェ西洋風の門の脇のインターホンから聞こえた無機質な声に、俺上手くやれるかしらと不安になった。

「主人から説明がありましたように、仕事を覚えてやっていただいた他にご自身で出来ることを率先してしていただければ、それはご自身に給金という形で返ってきます」

 インターホンから聞こえた無機質な声は、元々だったらしい。髪をひっつめた年配のメイド長は俺にそう言うと、ついてきなさいと言った。
 西洋かぶれなのか屋敷も室内も洋風に凝った造りだった。慣れ親しまない室内に、さらに動き難そうな執事服に早くも辟易する。まず後ろにぴらぴらするもんつけてどーすんだよ、足払いが若干鬱陶しい。手袋もやだ。体にフィットしてはいるけど、ベストもやだ。首周りが絞まるのもやだ。あー、やだ。
 広い屋敷内を案内され、どうにか頭に叩き込んでいく。そういうのは余り苦ではないけれど、部屋の名前がカタカナなのには少し困った。何ボイラー室。何リネン室って。馬鹿じゃね? ここ日本じゃね?

「こちらは二人目のお嬢様の部屋です。お嬢様は繊細な方ですので、対応は速やかに、かつ刺激しないようにお願い致します。基本的に貴方はお嬢様のお世話をすることになりますので、そのおつもりで」
「へい、……」
「……」
「……はい、畏まりました」
「よろしい。では……お嬢様、失礼します」

 そして俺は、この仕事を選んだことにだいぶ後悔をした。

「爪が上手く塗れないわ」
「畏まりました。至急手配いたしますので、しばしお待ち下さいませ」
「お茶が欲しいのだけれど?」
「これは失礼いたしました。何になさいましょう、ご希望はございますか?」
「今日の天気に合うものにして」
「畏まりました」
「美味しくない」
「申し訳ございませんでした、すぐ淹れなおします」
「そうして」
「お嬢様、そろそろ家庭教師の先生が」
「気分が悪い。今日はお休みにして」
「しかし」
「うるさいわ。気分が悪いの」
「申し訳ございません。ではお医者様を」
「結構よ。もう出て行って」
「失礼致しました」

 はいこれのどこが繊細? 誰か俺に繊細の意味を教えて? 何年も間違って覚えていたみたいだからー?!
 いつもだったら頭の一つも張り倒すところではある。問答無用で「ばっかもーん!」とか言って。しかしそれをするにはアレでアレな理由がある。死活問題。

「……これを次から、貴方にお願いいたします」
「いやちょっとこれ、俺には荷が…」
「私は元々主人仕えですので、そちらの仕事もございます。出来る限り手助けはいたしますので」

 そう言ったメイド長は、若干、疲れているような気がした。馬鹿タレ、年配には優しくしなきゃいけねーんだぞ。
 家の子供は全部で三人。長女はお嬢様の名に相応しく大人しい感じで、末はまだあどけない男の子だった。どちらも懐こそうな笑顔を浮かべて、「よろしくお願いします」と笑ったのに。
 結局俺は自己紹介も出来ていない お嬢様付執事の称号を得た。嬉しくもなんとも無い。
 二人に比べてあの性格じゃあ、これはメイドたちにも嫌われるだろうと思った。だから二人の部屋の近くでは多く見たあいつらも、 お嬢様の部屋付近では見かけない。だから俺みたいなのでも使いたいと思ったのだろうか。苦渋の選択? 俺は生贄か。

「……お寂しい方なのです。旦那様も奥様も、長女長男にばかり気を配ってらして…昔はもっと素直な方でした」
「へ」
「……貴方には関係のないことですね。もし辞めるのであれば私にお伝えください」
「……」
「それでは」

 あらー。火ィついちゃった。だから言ったろ? 年配の方には優しくってな。
 明日から、覚えておけ お嬢様。




 シャッとカーテンを勢いよく引かれるのが分かった。昨日は遅くまでテレビを見ていたから、まだ眠い。布団に潜りこんだけれど、人が室内を動き回る気配が気に障った。

「うるさい、まだ…」
「おはようございます、お嬢様。たった紅茶が入ったところですよ。冷めないうちにどうぞ」

 手渡された紅茶は甘そうなミルクティー。湯気をほんわり感じて、思わず口をつけた。予想通り甘い、けれどするりと喉元を過ぎていく。
 寝不足の鈍い頭痛が和らいだ。

「お嬢様はスコーンがお好きと聞きましたので、僭越ながら焼かせていただきました。いかがなさいますか?」
「朝は食欲が」

 そう言い掛けたところで、目の前にスコーンが差し出された。チョコチップなんかが入っていない、プレーンのもの。それが綺麗なきつね色になって皿の上に二つ乗っていた。

「ジャムも各種揃えましたが、おすすめはこちらの苺ジャムです」

 そこでようやく執事の顔を見た。メイド長以外の顔を見たのなんて久しぶりな気がしたけれど、初めて見る顔。けれど入れ替わりの速いことだったから、こいつも新しく来たただけだろう。
 笑顔を浮かべながら私の返答を待っているので、思いっきり意地悪してやろうと口を開いた。

「食欲ないわ。いらない」

 “僭越ながら焼いた”というスコーンを無下に断ってやった。きっと気に入られようとしてやったことだろうけど、甘いわ。確かにそのスコーンは美味しそうだけども。
 さぁ、その笑顔が曇るのはどうなのかしら?

「失礼いたしました。代わりにサラダは? それともフルーツに致しましょうか」
「……い、いらないわ。私、まだ寝る!」
「なりません。午前中は語学の授業がありますので、お着替えしてくださらないと」
「ちょ…」
「メイド!」

 呼ばれたメイドが顔を下げたまま来て、白髪の、けれどまだ若そうな執事はにっこりと笑った。

「それではお嬢様、大人しく着替えてくださいませ」

 執事服を翻らせて、その執事は部屋を出て行った。けれど出て行く前、ドアからひょこりと顔をのぞかせて、にやりと笑う。

「早く準備して下さらないと、私がお手伝いいたしますが?」
「け、結構よ! 出て行って!」

 
 それからその執事は、こっちがどうしたら良いのか分からないくらいマイペースだった。何を言っても表情は笑顔で押し切られ、日々のスケジュールもこなさざるを得ない。
 申し訳ありませんと言う声は、ちっとも申し訳ないと思ってない。調子が狂った。

「そのように膨れておりますれば、そのような顔になってしまいますよ?」
「失礼ね」
「さぁ、お茶が入りましたよ。こちらへどうぞ」
「……」

 猫足のテーブルと椅子のセットはお気に入りだった。そこに用意されたのはケーキと紅茶。執事の用意するケーキも紅茶も、プロが作ったように美味しい。執事が自分で作っているというのだから最初は驚いた。

「どうなさいました?」

 最初は食べないと拒否していたけれど、それには全く堪えないどころか、実は喜んでいたことを知ったので私は食べることにしたのだ。この甘党の執事は、手を付けなかったデザートをメイド達と食べているらしい。
 食べたって食べなくたってこの執事は構わないのだ。私がどうしようと。
 もっと言えば、勉強しようがしなかろうが、どうでも良いのだ。彼だって、どうせ私の事を面倒なお嬢様だと思っていて、けれど給金の為に働いている。
 今までの奴らと一緒だ。

お嬢様? お加減でも」
「平気よ。今までも一人だったもの」
「え…」

 一瞬ぽかんとした顔をした執事を睨みつけて、部屋から追い出した。鍵もかけてしまって、ベッドに潜り込む。小さく聞こえた私を呼ぶ声も、それで遮られる。固く固く目を瞑って、執事を意識から追い出した。

「これ、 達のお家になるの?」
「そうだよ。広いお家だからね、何でも出来るよ。お部屋も広くなるし、 だけの部屋も出来るよ」
「本当?」
「本当。 はお嬢様になるんだ」


 眠っていたらしい。目を開けると薄暗く、夕日も落ちてしまったあとだった。
 懐かしい夢を見た。この家に来たばかりの頃の夢だ。普通の、ごく普通の家で暮らしていた私たちは、天人達が来たせいで金持ちになった。父の事業が成功したのだから喜ばしい事だけれど、私には嬉しい事じゃなかった。
 最初の頃は良かった。けれど学校に行く事は許されず家庭教師との勉強になり、姉は上流階級へ嫁ぐための勉強を強いられた。それは私もだったけれど、次女という事かそこまで成果を求められなかった。ついでに一緒に学ばせとくか、そんな感じだ。
 弟はゆくゆく父の事業を継ぐ事になるけれど、まだ幼いために勉強と作法程度だった。
 馬鹿みたい。そんなにお金持ちじゃなくったって、今まで通りで幸せだったのに。
 へらへらと笑って「お嬢様」と呼ばれる事も嫌だった。何もかも、嫌だ。なんでお嬢様になってしまったんだろう。私はただの でいたかったのに。
 わがままを言ったって誰も叱らない。「はい、お嬢様」「すみません、お嬢様」うんざりだ。
 そしていつの間にか消えて行く。姉や弟の方へ行ってしまう。「忙しい」と言いながら。その姉も弟も、そして父も母もだ。

「だいっきらいよ」



 坂田執事のペースに巻き込んでうまく矯正しよう作戦は失敗したようでーす。
 まずお嬢様の表情がなくなった。最近は年相応に表情を崩して怒ったり喚いたりしていたのに、今じゃ無表情プラス一言でばっさり切り捨てられる。乙女心も分からんけど、お嬢様ってのも分からん。
 わがままを言ってくれていた方が、実は返しやすい。言いくるめるのなんて俺にとっちゃあ楽なことで、話しださせれば自分の都合の良いように持っていける。けれどお嬢様は黙りきっちまって、最低限しか話さない。
 何かしたかなと思ったが、だいたい最初のペースで通しただけだ。これがダメなら最初からダメなわけで。
 部屋に閉じこもりがちになってしまったお嬢様は、執事としての俺では強く出れない。こんな扉壊してしまうのは楽だけれど。

「…壊しちまえばいっか」
「はい?」
「メイド長ー、俺ちょっくら扉壊しますけど、良いっすか?」
「…良いわけないでしょう。坂田さん、何をなさるおつもりですか」
「いや、ちょっと荒療治的な。まぁそろそろ万事屋にも戻らなきゃってことで」

 もともといろんな仕事をふらふらとしていく事が性に合って万事屋をしているのだ。俺の本職は執事じゃない。

「待ってろお嬢様。坂田執事改め執事コスプレ万事屋銀さんが行くぜ」
「坂田さん?」

 不審な俺についてこようとしたメイド長を押し止めて、ついでに部屋に閉じ込める。これでメイド長が責任に問われる事はないだろう。
 真っ直ぐの廊下を突き進んで行く。指を鳴らして腕をまわした。久しぶりに動く。
 やっぱりスマートな動きは面倒でつまらない。いや、得るものもありましたけども。
  お嬢様の部屋の前まで行って、息を吸う。そして二度、ノックした。

「お嬢様、失礼いたします」

 手応え。鍵が掛かっている。

「お嬢様。お休み中ですか? 鍵を外して頂けませんか?」

 反応はない。けれど微かな衣擦れの気配はする。近くはない。ということで。
 少し離れて木刀を握り直した。どっから出したって? 野暮なことは聞くなぃ。

「っきゃ…!」

 それ相応の派手な音がして高級そうな扉はぶち破られた。壊してしまえば鍵など必要なく、めきめきと軋んだ音を立ててさらに壊して、俺が通れるほどの穴を開ける。
 そしてベッドの上に座り込んでいる お嬢様は呆然と俺を見返した。悲鳴は上がったが怪我はなさそうだ。

「お嬢様、お別れのご挨拶に参りました」

 声はなく、けれど瞳が大きく見開かれたことは分かった。にっこりと執事スマイルで笑ってやる。
 するとギッと音がしそうなほどの勢いで睨まれた。

「やっぱり、あんたもお姉ちゃん達の方へ行くんだ」
「は?」

 正直俺は何をどうするとか考えては居なかった。 お嬢様の態度が変わったことは俺には分からなかったし。
 それでもお嬢様は、俺を睨みつけたまま口を開いた。

「『忙しい、忙しい』って、そればっかり言って、結局皆私から離れて行くんじゃない。どうせ私は忙しくなんてないわよ。だって嫌だって言えば暇にしてくれるの、あんた達じゃない! 一人にしないでよ!」
お嬢様」
「嘘よ、一人にして。どうせ居なくなるんなら最初から優しくしたりなんてしないで。私に構わないでよ。わけわかんない、何で私はダメなの? 何で比べるの、普通に、前みたいに暮らしたいだけなのに…っ!」

 俺は の言うことの半分も理解できなかった。たぶんこれは、今まで が溜めてきた分なんだろう。だから俺以外の、もっと違う別の人達への言葉も入っている。
 背中を丸めて泣いている は、幼い子供のようだった。

「俺ぁ別にねーちゃんの方に行くわけじゃねーよ。本職に戻るだけ」

 びく、と背中が震えた。

「万事屋って言ってな。要するに何でも屋だ。頼まれりゃー何でもする。そっちが俺の本職で…まぁ、そろそろそっちに戻んねーと。それにお前にも嫌われちまったみたいだし」

 ベッドに近づいて、伏せたままのの近くに名刺を置いた。万事屋、坂田銀時。

「でもよ、俺にもできねーことってあるからさ」

 ドア付近に人の気配を感じる。騒ぎにはなっているが、様子をうかがっているようだ。

「お前のことはお前でなんとかしねーと、伝わんねーし、変わらねーよ」
「だって、何言ったら良いか」

 腕で顔を隠しながら、それでも気丈に顔を上げたの顔を見て笑ってやる。

「言えたじゃねーか、さっき。同じ人間なんだからよ、伝わるって」

 そう言って俺は窓から逃げる事にした。説教食らうなんて面倒臭い。給金から修理代は引かれると思うが、まぁしばらく稼いだしどうにかなるだろう。どうにかなって。

「それではお暇を頂きます、お嬢様。何かございましたら、そちらまで」

 あとのことは、また別の話。ただ一つ、有名なお嬢様学校の制服を着たお嬢様が、自分で焼いたというスコーンを手土産にかぶき町に来たとだけは言っておこう。

 

 

 

Project Butlerさまに提出させて頂きました。夢ぽくねぇ上に期待するような理由じゃないという…。
「07、「忙しい」が口癖の理由」 銀魂 坂田銀時
雪華優艶 咲月りう