やっぱり、私がいないとダメですね
「えっと、お砂糖は・・・」
「お砂糖でしたらここにしまってありますよ。」
「ありがとう骸、って手を出さないでよね。今日は私が骸に美味しいお茶を淹れてあげるんだから。」
私は、「そこを動かないで」そう言うと骸の手からシュガーポットを取り上げる。
私の専属執事としていつも隣にいてくれる骸。
今日は、そんなあなたに私からささやかなお礼と自分で淹れたお茶でもてなす事を思い付いた。
しかし生まれて初めて入ったキッチンで私にどこに何があるのか分かるわけもなく、結局何かを探してると後ろから骸の手が伸びてきてそのたびにそこから動かないでと私は骸を離れた所へ追いやる。
キッチンに入ってから何度となく交わしたこのやり取り、骸は気持ちだけで十分だって言うけど途中で放りだすなんてそれじゃあ私の気が治まらない。
取りあえずお茶を入れる為に必要なものをキッチンの台の上に並べると湯を沸かす為のポットを火にかけた。
「ねぇ、骸?」
「どうしました?やっと慣れない事をやめる気にでもなりましたか?」
「ちっ、違うわよ。ただ、お湯が沸くまで暇だから話でもしよっかなーって思っただけ。」
「そうでしたか。私は、てっきりお嬢様が音を上げられたのかと思いましたよ。」
「あのね、私から言い出した事なんだからそんなわけないでしょ。」
そう言って私が拗ねたように頬を膨らませると「おや、私とした事がお嬢様の機嫌を損ねてしまったようですね。」とワザとらしく骸が困ったと言いたげな表情を作って見せる。
いつだってそう、あなたは私を子供扱いばかりしてちゃんと向き合ってくれようとしない。
私の気持ちにだって薄々は気付いてるはずなのに・・・
「ほら、お湯が沸いてますよ。」
「言われなくても分かってます。」
私は、ぷいっと骸に背を向けると火を止めた。
前に一度だけ骸に教えてもらった美味しい紅茶の淹れ方。
記憶の彼方からその時の会話の内容を引っ張り出してくると教えられた手順で用意していく。
カップとポットは最初に温めておいて、その次にポットが温まったらお湯を一度捨て茶葉を入れる確かそんな話をしていたっけ?
いつも私にほっとする瞬間を与えてくれる骸。
そんなあなたに少しでも私と同じに気持ちになってもらいたい、そして骸に美味しいって言って貰いたい一心で記憶の糸を手繰り寄せる。
「はい、どうぞ。」
部屋に戻った私は、骸の前にカップを置く。
色、香り、見た目はいつも骸が淹れてくれてる物となんら変わりはない、問題があるとすれば自分では確かめる事が出来ない紅茶の味だけ。
「ありがとうございます。」
ゆっくりと骸の口元に運ばれるカップ。
私は、その姿をドキドキしながら見つめる。
「あの、骸どう?」
「そうですね、少し渋みが出てしまっていますが香りもいいですし、初めてにしては上出来ですよ。」
「ほんとに?」
「ええ。」
「よかったぁー。美味しくないって言われたらどうしようかと思ってたんだ。」
私の執事として骸がこの屋敷にやって来て、初めて淹れてくれた紅茶があまりにも美味しくて尋ねた美味しい紅茶の淹れ方。
丁寧に教えてくれた手順を覚えておいて本当に良かった。
あの時は、こんな風に骸に私がお茶を出す時が来るなんて思ってもいなかったから話半分くらいにしか聞いてなかったのだけど。
私は、骸の「美味しい」と言う言葉にほっと胸をなでおろす。
「でもよく覚えてらっしゃいましたね。」
「何の事?」
「私が以前に教えた紅茶の淹れ方ですよ。」
「当然でしょ。骸がここに来て私に初めて教えてくれた事なんだから。」
にこっと笑うと私は自分のカップに口をつける。
確かに骸のように完璧ではないけど初めてにしては悪くない出来。
「・・・ですがお嬢様。」
「何?」
自分の淹れたお茶に満足していると骸がどこからか茶葉の入った缶を取り出す。
「もう一つ、お教えする事があるとしたらミルクティーにされる場合は、今日使われたこの茶葉を使うよりこちらの茶葉を使われた方がよろしいですよ。」
「こっちの茶葉?」
「ええ、紅茶と言っても色々な種類がありますからね。アッサムにダージリン、キーマン茶など、それぞれの飲み方にあったものを用意した方がいっそう美味しくいただけます。」
「うそ・・・」
紅茶なんてどれも一緒だとばかり思ってた、じゃあ骸はいつも私に合わせて茶葉の種類を選び出してくれていたって事?
私は、毎日当り前のように飲んでいた紅茶の味と香りを思い出す 。
確かに言われてみたらその時々で香りや味が違っていたような・・・
「その顔は、今初めて気付かれたと言ったところでしょうか?」
おぼろげな記憶をたどる私に骸が勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。
「だ、だってそんな事、一言も教えてくれなかったじゃない。」
確かに紅茶の淹れ方は教えてくれたけど、骸は茶葉の種類の事なんて一言も言ってなかった。
私が今になって言うなんてズルイとむくれると
「全てを教えてしまったらあなたの隣に僕は、必要でなくなってしまいますからね。」
大事な秘密を教えてあげましょうとでも言うようにいつもよりワントーン低めの声で囁かれる。
そしてその甘く心を震わせる骸の声は、まるで紅茶にゆっくりと溶け込んでいく砂糖のように私の心に溶けて沁み渡ってゆく。
「骸・・・」
「どうかされましたか?」
様子を窺うように私が視線を上げると笑みを浮かべた骸と目が合う。
その笑みは、まるで私の思っている事全てが自分には分かってると目で語っているようで・・・
「どうかされましたか?じゃないわよ。」
私の勘違いでなければ、骸あなたは私の事を―
「、あなたの隣はこれからもずっと誰でもない僕だけのものですよ。」
それは、愛してるなんて言葉よりも骸らしい決して私に嫌と言わせない愛の言葉。
思いがけない骸からの告白に私がカップを取り落としそうになると、それを支えるように白い手袋を嵌めた手が重ねられる。
「おやおや、お嬢様はお一人でお茶も飲めなくなられてしまったのですか?やっぱり、あなたには私がいないと駄目ですね。」
呆れたような口ぶりでため息をこぼしながらもどこかいつもより楽しげな骸の声。
「よく分かってるじゃない。私の執事も恋人も骸、あなた以外の人じゃ駄目なのよ。」
執事なら主の命令は絶対、そうでしょう?
私のどんな言葉にも顔色一つ変えない骸、そのどんな時も崩れる事のない顔に唇を寄せると頬にキスをした。
企画サイト「Project Butler」様に提出させていただいた骸夢です。
普段あまり書くことのないキャラだったのですが、執事ネタ楽しんで書かせていただきました。
そして素敵な企画に参加させていただきましてありがとうございます。
素材配布元: karinko