『しつじ、ひつじ、執事?』
小高い丘に 緑の芝生に囲まれた真っ白な色のその建物は、有名な財閥、家の邸宅。
そこには、両親が海外で働き、寂しい思いをしているお嬢様が一人、執事とメイドたちに囲まれて生活をしていた。
「お嬢様、新しい執事のバイトが決まりました。」黒峰執事長が、バイトの男性を部屋に入れた。
「か、海堂薫っス。夏休みの間、お世話になります。」緊張している海堂が頬を赤くして会釈した。
「これ、海堂君、『お世話になる』じゃなくて、『お傍で仕える』でしょう?」黒峰がそっと海堂に耳打ちした。
「失礼しました。」頭を下げる海堂。
「・・・ふ〜ん。は椅子から立ち上げり、海堂の周りを一周した。
「歳は?」
「15歳っス。」
「何か、体育系の口の聞き方ね。それに・・・ちょっと目が怖いわ。笑顔は出来ないの?」笑顔で海堂に聞く。
「・・・き、急には・・・・・・・。」海堂が口ごもった。
「お嬢様、失礼の数々、すみません。しっかりと育てますので・・・。」黒峰が深々と頭を下げた。
「黒峰、決めたわ。この子に、『アレ』を。」
「あ、『アレ』でございますか?」
「そ。今すぐにね。用意が出来たら、もう一度部屋に来るようにね。」
「はい、かしこまりました。」
黒峰と海堂が退室。
「海堂君、お嬢様は君の事、気に入ったみたいだよ。良かったね。」黒峰が笑顔で海堂に言った。
「そうっスか?」
「ほら、その口調。ここでは、君は執事なんだから、部活の先輩にする様な対応は駄目だよ? 相手は、財閥のご令嬢なのだからね。君はあくまで使用人。」
「・・・はい。」
「うん、宜しい。じゃあ、まず『アレ』を着てごらん。お嬢様のお気に入りの服だよ。」黒峰が海堂に衣装箱を渡した。
海堂が箱を開けた。中からは、モコモコとした物体・・・。
「何だ・・・? これは・・・。」箱から服を取り出した海堂。
「・・・・・・・・マ・・・・・・マジかよ・・・。」海堂は絶句した。箱の中から出てきた服・・・それは『羊』の着ぐるみであった。
「く、黒峰さん、これ・・・!!」
「うん。お嬢様は羊が大好きなんだよ。だから、気に入った人には、その服装をさせるんだ。あはは、似合うよ海堂君。」動じない黒峰に、海堂は『半端な気持ちじゃ、働けねぇ!!』と強く思ったのであった。
の部屋。
の目の前には、羊の着ぐるみで、海堂登場。
腕と足の部分は、短めに作られている羊。
「ふふふっ、可愛いわ♪ それは、夏用だから、あんまり熱くならないから安心してね?」
「はい。」
「じゃあ、コーヒーを入れて下さる?」が椅子に座った。
「はい。」海堂が慣れない手つきでコーヒーをカップに注いだ。
と、その時、海堂は手を滑らせ、コーヒーカップがの膝に落ちた。
「きゃあ! 熱っ!!」が叫んだ。
「お嬢様大丈夫ですか!?」黒峰が駆け付けた。
「海堂君! 何をぼーっとしているんだ! お嬢様をシャワールームに運びなさい!!」
「はい!!」海堂がをお姫様抱っこし、シャワールームに行き、足を冷水で冷やした。
「お嬢様、私が付いていながら・・・、申し訳ありませんでした!!」黒峰が頭を下げた。
「ちょっと熱かっただけで、ほら、赤みも引いてきたから大丈夫よ。」が笑顔で言った。
「俺が不注意だったからだ・・・! 本当にすまねぇ!!」海堂が土下座した。
「羊君は、いつも笑ってなきゃ駄目。大丈夫だから、ね?」が海堂(羊)の頭を、ポンポンと笑顔で撫でた。
海堂は思った。
『これからはしっかりと守る!』と。
一週間後。
「カオた〜ん、肩揉んで下さる♪」
「はい。」
「カオたーん、これ買って来て下さる♪」
「はい。」
「カオたーん、外でお茶するから、机と椅子用意して下さる♪」
「はい。」
海堂は、立派に執事としての役割を果たす様に成長していた。
そして・・・。
「カオたーん♪ ほら、可愛いでしょう?」が鈴の付いた真っ赤なリボンを、海堂の首に巻いた。
「やだ、やっぱり似合うわ♪」喜ぶ。
海堂は、『羊』としての役割も果たす様に成長していた。
海堂にとって不満な事は唯一つ。
『カオたん』と呼ばれる事である。
中学生と言えど、男らしさを求める海堂には、辛い呼び名。
ある日、海堂は正直に気持ちを打ち明けようとした。
「お嬢様、お願いがあるの・・・ですが・・・。」
「何?」
「あの・・・名前を・・・その・・・。」
「ん? 『カオたん』じゃ嫌? じゃあ、『カオちゃん』、『カオりん』 『カオぽん』・・・・。」が次々と名前候補をあげていく・・・。
「あの! 今の名前が気に入ってるって言いたかっただけですから・・・!」海堂は負けを実感した。
何だかんだで、海堂の執事バイトの最終日がやって来た。
「今日までありがとうございました。」黒峰執事長に海堂が深々と頭を下げた。
「よく頑張ったね。ここまで続けてくれるとは思っていなかったよ。君が来てから、お嬢様の笑顔が増えて、皆喜んでいたんだよ、海堂君。」
「・・・お世話になりました。」最後に海堂が一礼した。
コンコン。
「海堂ですが。」
「どうぞ。」
海堂がの部屋に入って行った。
「『薫君』、お疲れ様♪ 執事の仕事、大変だったでしょう?」にっこりと笑みを浮かべる。
「いえ。」
「・・・羊・・・好きなのはね、小さい頃から両親と離れて暮らしてて、夜に眠れない事が多くて、・・・その時に、黒峰がね、『羊の数を数えていると眠れますよ』って教えてくれて、それから毎晩羊を必死で数えたの。くすくす、ありがちな話だけど、それで、よく眠れるようになって・・・それ以来、羊一色線!って感じで過ごしてきたの。笑えるでしょ? ふふっ。」が照れ笑いをする。
その表情が余りにも切なくて、海堂はを抱き締めた。
「薫君・・・。」
「俺が居るから! 傍にいるから、そんな顔、しねぇでくれ・・・。執事でも、羊でも、何ででも理由はいい。俺の隣で笑っていてくれ・・・!」
「私で良いの?」
「お前が良い。」
「カオたんって呼んでも良いの?」
「ああ、構わねぇ!」
その後、休みの日には、『執事と羊』になりにやって来る海堂の日々が始まったのであった。
低は、笑顔が溢れる家となったのであった。