華々しい上品な紅茶の香りが、蒸気と共に立ち上っては心地よく鼻をくすぐる。
の目の前のティーカップには、色鮮やかなそれが静かに注がれていた。
純白の地に青薔薇が咲き誇る優美なデザインで、所々に金の装飾をあしらっている。
このセットは、彼女のお気に入りの中でも随一の物だった。
それ故に、最も信頼している“彼”以外、決して触らせることはない。
黒い服の袖から伸びる、しなやかな両手。
椅子にゆったりと座る
の傍、少し背後から、紅茶を用意する彼女の執事。
カップと同じ揃いのポットを丁寧に置いて、彼は次の作業に入った。
は何も言うことなしに、その様子を黙って見つめている。
甘味には、粒の細やかな角砂糖を二つ。
そっと紅茶の中に入れられると、途端に溶け出して形を崩す。
加えて注がれるのは、ミルクではなく、濃厚な生クリーム。
その量も絶妙な加減で、紅茶はふわりと白を纏って柔らかい色を為した。
無駄のない、動作。
流れるような、動作。
彼女の好みを知り尽くした、彼の淹れるミルクティー。
「これ、茶葉はセイロンでしょう?いい香りだわ」
「さすがお嬢様ですね。スリランカから現地の最高品種をお取り寄せ致しました」
「長太郎は、私の好きなものなら何でも知っているのかしら?」
「俺は、貴女の執事ですから。これくらい当然のことです」
溜息のように呟く
の声に混じるものは、喜びの方が断然に大きい。
顔を穏やかな微笑にほころばせながら、彼女はその執事の姿を見やった。
降り積もった雪の白銀にも似た髪。
服装が黒を基調とする所為で、余計にその色は目立つ。
身に付けたその服は勿論のこと、胸元を飾るネクタイが際立って上質だった。
彼の締めるこのネクタイは、
の贈ったものである。
普段、執事を使う立場である
が、彼にものを贈るなどということは許されないが。
彼女にとって、彼はただの“執事”ではなかった。
彼にとって、彼女はただの“主人”ではなかった。
これは、二人だけが共有し得る秘密。
「お嬢様、本日のご予定はどうなさいますか?」
「この紅茶を頂いたら、買い物に行こうと思っているの。車は出させるから、貴方も付いて来て頂戴ね」
「勿論です」
ティーカップにそっと手を添え、艶のある唇を近づけて
は紅茶を含む。
彼の淹れる紅茶以外は受け付けない、凛とした青薔薇は彼女に似ていた。
口に広がる滑らかな甘さと、舌の上に優しいその温度は穏やかに喉を通っていく。
漂うのは、ミルクティーの香りではなくて、愛しい香り。
ほっと頬を緩める幸せそうな彼女の表情を見ると、彼の方でも嬉しくなるらしかった。
「ああ、その黒い格好は目立つから、行く前に着替えて?今日行くのは、普通のデパートだから」
「そうですか…確かに、それだとこの服装では目立ちそうですね」
「……でも、そのネクタイは外しちゃ駄目よ」
カチャリと、小さく陶器の澄んだ音が響いて、
の指はティーカップを離れた。
そしてもう一度、彼女は傍らの執事を静かに見やる。
視線が交じり合う先で、細い指先だけを彼のネクタイへそっと絡めた。
独特の光沢を持つシルクの糸の、柔らかな肌触りが伝わって。
その、結ばれている位置も。
その、結ばれている意味も。
何処か、首輪に似ている。
「これはね。貴方が私のものだっていう証」
まだ幼さの残る少女の顔で、彼女はにっこりと笑う。
すでに大人びた女の顔で、彼女は美しく笑う。
それが
の命令ならば、彼は喜んで聞き入れるだろう。
かしこまりました、このネクタイはつけたままで、ですね?
―――
柔い束縛、甘い独占、優しい支配。
「Project Butler」様に捧げさせて頂きます。
チョタっぽさが全然出せなかったのがなんとも残念です。
チョタが執事だったら最高だと思います。
素敵な企画に参加することが出来て幸せでした!
有難う御座います!
Material : 戦場に猫 様