屋敷の裏庭にある薔薇園。
の祖母の代に造られ、それから手入れを怠った日はない。
それは今、の日課でもある。
規則正しく区切られた花壇に、白、薄桃、紅、濃い桃に白が入ったもの等、美しいオールドローズ達が咲き誇る。
青空から注ぐ太陽の光りが露に反射し、キラキラと輝く。
にとってこの時間は、一日の中でとても幸福な時間。
「またここにいらっしゃったのですか」
「…あら、テスラ」
時間を見付けてはここに来ている。
だから彼女に用事がある時、テスラは必ずここから捜す事にしている。
ほぼ間違いなく、彼女はそこに佇んでいる。
幸せそうに、細く長い指で、壊れ物を扱うように丁寧に花に触れながら。
そしてそれを見る度に、テスラは自分の中で、どす黒い何かが蠢いているような感覚になるのだった。
「本当にお好きですね」
「この子達は愛情を注げばそれだけ返してくれるもの。美しくなってね。だから。」
「まるで花の言葉がお判りにでもなるようだ」
そのテスラの言葉には、少し刺が含まれていた。嘲るような、そのような刺が。
屋敷内、どこに居ても従順な彼だが、は彼の本当の姿を知っている。
彼女の前でだけ、彼はそれを見せるから。
は苦笑しながら続けた。
「何を言っているかは判らないわ。けど、機嫌位は……ッ痛!」
小さな悲鳴の少し後。
の指先では赤い水滴がぷくりと玉になっていた。
美しい薔薇の刺が引っ掛かり、の白い指を傷付けた。
赤いその玉は、少しづつ大きくなっていく。
「私とテスラが話していたから、妬いて怒ったのかしら?」
の言葉に、テスラの中で蠢いていたその何かが、弾けたような気がした。
これ程に愛しそうに、優しい微笑みを向けるのが、
自分には向けられた事のないその表情を向けるのが、
それが例え花であっても感じる、憎悪にも似た、嫉妬心。
最早嫉妬といえるかすら判らないが、それは吐き気を催す程だった。
花も、も、目茶苦茶に壊してやりたいと想う程に。
「…では、もっと妬いてもらう事にしましょうか」
「え?」
のその手を、テスラは跪くように取った。
まるで、王子様がお姫様にするそれのように、口唇を合わせる。
口内に広がる、の血液の味。
「テ、スラ?」
「貴女の血液一滴…髪の毛一本まで私の物なんですよ?お嬢様」
再び感じる、ねっとりとした、テスラの舌の感触。
それは厭らしく這い回り、明らかにを挑発している。
地面に片膝を着き、を強く見据えながら。
「だから、細胞ひとつ無駄にしないでください」
すくりと立ち上がったテスラのその表情と声色には、少し怒りが滲んでいるように見えた。
先程と変わり、今度はがテスラを見上げる。
自分を見ようとしないテスラの表情は、読めない。
(貴女の全ては私のモノ)
(薔薇の刺であろうと、傷付ける者は赦さない)
(私の全ては…貴女なんです。様)
影っていたテスラの顔が、ふいに面食らったように上がる。
ふわりと鼻先を擽る、薔薇とは違う甘い香り。
口唇への、柔らかい感触。
心臓が、どくんと一度大きく跳ねた。
夢か現か、ただの幻想か、テスラはそれを確かめるように自分の口唇を指でなぞった。
確かに残る、湿り気と感触。
「…、お嬢…様?」
視線の先には、薔薇のように、まるで小悪魔のように悪戯っぽく、美しく笑う。
ベルベットのような、滑らかで紅い舌をチロリと出して、
初めて自らキスをしたテスラを、少し恥ずかしそうに見上げていた。
「薔薇達、これでもっと妬いてくれたかしら?」
不意打ちですよ
(このまま部屋まで抱えて行き、押し倒してしまおうか)
その表情、発言、行動に、テスラは言葉を発する事が出来なかった。
ただただ、心の中で熱くなる想いを堪えた。
wrote:ANNA