「おいおい、お嬢様」
「ん?」


「そんなに急いでどこ行くんですかぁ」
「トイレ!」




あ・・・ そ・・・




ったく、お嬢様なんてのぁ本当に肩書きだよ。




「銀さーん!!!」
「あ?」




トイレに行ったかと思えばいきなり俺の事呼んでるし。
執事といえどお尻は拭かねぇからな・・・




「トイレットペーパーはぁっ?!」
「あ・・・ 忘れた・・・」




まずい。昨日言われたよな、確か。
トイレットペーパーがなんとか。




しょうがねぇ。




「ちょっと待ってろー」
「早くしてねー」




仕方がなくお嬢様のこの部屋から出て右の廊下に進んだ。
その廊下の終わりにはちょっとしたクローゼットがあって日常品なんかがあるわけで。
そっからお嬢様専用のトイレットペーパーを取り出して部屋に戻る俺。




しかしすごいねー。やっぱ、金持ちは違うよ。
自分専用のトイレットペーパーがあんだから。
暢気にそんな事を考えながら部屋に戻るとある事に気が付いた。




俺はこれをどうやってに渡せばいいんだ・・・?
のトイレは部屋の中に2個ある。
1個はでっかいバスルームの中に風呂とかシャワーとかと一緒に。
もう1個はその反対側にドアを開ければそこにある洋式トイレ。




が走り込んだのはそのドアを開ければそこにあるやつ。




って事は・・・




ドアを開ければ見えちまうし、きっと匂っちまう。
ドアを開けなきゃがあのまま立ち上がって・・・ それは汚い。
いっその事目を瞑って、息を止めてドアを開ければいいんだろうが
一応ドアの向こうにいるのは女だ、しかもお嬢様だ。




「あー ・・・ ちゃーん」
「持って来てくれたぁ?」


「持って来たけどどうやって・・・ おいいいっ!!!」
「ほら、早く頂戴」




お嬢様あっ 見えちゃうからっ 匂っちゃうからっ
そんないきなりドアを開けるなんて事はしちゃだめでしょぉっ?!




焦りながらもしっかりと目を瞑った上に袖で目を隠して
トイレットペーパーを投げ込んだ俺。




しばらくするとトイレの水が流され、が手を洗う音が。
俺はさっきの事がショックでドアの前に突っ立ったまま。
だもんだからドアが開いた瞬間、そのドアが俺にぶつかった。




「いてっ」
「あれ・・・ ドアが開かない・・・」


ちゃーんっ! 開かないドアは無理に開けようとしないでくれるかなぁ?!」
「あ、何やってんの? ひょっとして・・・ 覗きっ?!」


「ちがうっ!!!」
「じゃぁ何でこんな所に・・・ 変態・・・」




ドアがぶつかった痛みで思わず屈みこんだ俺。
そのせいでドアがいつものように開かなくてドアを押し続ける
ドアの反対側に俺を見つけたは俺を変態だと呼んでいる。




「人の事を変態呼ばわりしてんじゃねぇぞっ やってる時にドア開けたのはお前だっ」
「いやだなぁ、やってるとか言っちゃって・・・」




話になんねぇよ、こいつ。
何で俺がこいつの執事なんかしなきゃいけないんだ。
あ・・・ そうだ・・・ 家賃払わなきゃ追い出されちまうんだっけ。
まぁ、今日で最後だ、こんな目に合うのも。




明日になればいつもの執事が盲腸の手術の入院から退院して
またこの仕事に戻って来るはずだから。
そう思えば今日1日ぐらい何とか乗り切れる、おう、きっとそうだ。




「あ、そういえば銀さん」
「なに?」


「今日で最後だっけ?」
「そうです、長い1ヶ月だったよ、ったく」


「そう?」
「あんたの世話って結構大変だよ、お嬢様」




本気で言ってるのに笑われた。
は部屋のドアの前に立つとのベッドの上に寝転んでる俺を見た。




「銀さん、最後の日だし、ディナーは外でどう?」
「おごり?」


「もちろん」
「行く」




お嬢様の癖に居酒屋とかを好む
の行きつけの居酒屋に入って酒から始める俺達。
お嬢様と執事とはいえきっと俺達はそんな風には見えていない。




は明日から俺が元の生活に戻って何をするのかとか。
そんな他愛のない会話をはじめ、俺の話を聞いて笑っていた。
なーんとなく寂しそうに見えたりもした。




2人でいっぱい酒を呑んでいっぱい飯を食って。
何時間もその居酒屋で楽しんだ後店を出た。




暖簾を潜って夜の街を目の前にした時だった。
が俺の背中を思いっきり叩いたのは。




「今までご苦労様っ」
「それが世話になったヤツに対する態度ですかぁ、お嬢様?」




は笑ってこう言った。




「また何かあったら宜しくね、銀さん」
「はいはい・・・」


「じゃぁ、私はこのまま遊ぶ約束があるから」
「そうですか・・・ 相変わらず遊び癖の激しい事で・・・」


「大きなお世話。銀さんはもう家に帰っていいよ」
「んじゃぁ、先に帰って寝るわ」


「ううん、そっちの家じゃなくて、銀さんの家」
「え・・・?」


「どうせ明日の朝で最後でしょ?」
「いや、そうだけど・・・」


「だったらもうこのまま終わりにしちゃおう」
「・・・・・」




その言葉に・・・ 返事をする言葉が一瞬だけ見つからなかった。




「んだよ・・・ もうお前の帰りを待たなくてもいいって事か?」
「うん」


「お前がいつまでたっても帰って来ないからって捜しに出なくてもいいって事か?」
「そうだよ」


「お嬢様の癖に酔っ払って帰って来たお前をベッドまで運ばなくてもいいって事か?」
「そうだね」


「・・・ 何で泣いてんだよ」
「どうしてかな・・・」




それでも、今、ここで終わりにしなければいけないような気がした。
俺が雇われた期間は1ヶ月、その1ヶ月は明日で終る。
に俺は必要ないって事になるわけだ。




「ただいまー」
「あれ、銀さん?」
「お帰りー! 銀ちゃんっ!」




家に戻って来ると懐かしい声が俺を出迎えた。
1ヶ月、別に会わなかったわけじゃねぇが・・・
やっぱり今まで見たいにこうして家でゆっくり出来るのとは違う。




顔馴染んだ奴らが迎えてくれて。
聞き慣れた声が色んな話を次から次にしてくる。
心地良い古びたソファーに寝転がれば眠気が襲ってくる。
自分の家に帰って来るってのは・・・ こうゆう事だな、きっと。




「銀さん、どうしたんですか、突然」
「トイレあるか? ウンコか?」
「いや・・・ ちょっと出て来る」




やっと戻って来たのにと俺の後ろで騒ぐ声を無視して
俺はある場所へと向かった。
もう1つ、俺の体が馴染み始めたある場所へ。




階段の上に座って鼻くそをほじりながら見上げた空は
街の中で見上げる星と違ってもっと輝いて見えて。
俺はただ、そのうち帰って来るだろう存在を待っていた。




「あっれぇ・・・ 銀さぁん?」
「お帰り」




やぁっぱり酔っ払って帰って来やがったよ、このお嬢様は・・・




「えへへ・・・ 何やってんのぉ?」
「待ってたんだよ、お前が帰って来るの」




そして待つ事3時間。
ゆっくりと現れた車のヘッドライトが俺の前に駐車すると
その車からがよろけながら出て来た。




「んでも、もう家に帰ったんじゃなかったっけぇ?」
「帰ったよ」


「んじゃ、なぁんでここにいるのぉ?」
「俺がいなきゃ・・・ 誰がお前を部屋まで運ぶんだよ」


「えっとねぇ・・・ 私のこの足?」
「もつれまくってんじゃねぇかっ!!!」




を支えながら家の中に入り部屋まで連れて行く。
これは毎晩のように俺がした事だった。




「そっか・・・」
「そうだよ、酔っ払い」


「・・・ ありがと」
「どーいたしまして・・・ っておいいいっ 寝ちゃうかぁっ 寝ちゃうのかぁっ?!」




そしてこうして部屋に着く前に眠ってしまうを抱えて
ベッドまで連れて行くのも俺の仕事だった。




「酒くせぇ・・・」




をゆっくりとベッドの上に寝かせて靴を脱がせて。
寝てる間に自分を引っ掻かないようにジュエリーも外してやって。




それから、俺の服を握って放さないのおでこにおやすみのキスをして。
ゆっくりとその手を俺から放してやる事も、俺の仕事だった。




がぐっすりと寝ているのを確認してから部屋から出て
もう1度、この家に別れを告げた。




「俺がいなきゃ・・・ お前この階段で寝ちまってただろ・・・」




そんな事を呟きながら階段を下りて。
俺の後ろにそそり立つこのでっかい家を見上げた。




「帰って来ても・・・ 誰も迎えに出てくれねぇなんて・・・ 寂しいだろ?」










だらしないあなたへ

(俺以外に誰がお前の面倒を見てやれる?)











「銀さん、起きて下さいよ」
「んだよ・・・」


「依頼が来てますよ、銀さんあてに」
「依頼・・・?」




人が寝てるのに起こしやがって。
俺はやっと自分の家に帰って来て
やっと自分の臭い布団の上で寝れるようになったってのに。




「こないだのお嬢様からです」
からぁ・・・?」




なぜ・・・ から・・・?
飛び起きた俺はなぜか朝だというのに機嫌が良かった。




「入院自体がバケーションみたいなもんだろ、おい」
「違うわよぉ」


「綺麗な看護婦さんに世話して貰ってさぁ」
「でも痛い思いをしたんだもの」


「だからって退院したのにすぐにバケーションに送り出すか、普通?」
「いいじゃない、別に」


「良くねぇよ、銀さんやっとお嬢様から解放されたんだぞ?」
「まぁまぁ・・・」




仕事に戻って来るはずの執事はバケーション。
そしてなぜか俺がまたの執事を依頼された。




、お前さ・・・ 脱いだ物ぐらい洗濯機に入れようよ」
「どうして? そのために銀さんがいるんでしょ?」


「・・・ はいはい」
「あと・・・」




あと・・・ って。何を言われるのかと不安が過ぎる。




「んだよ、便所掃除のためか?」




お嬢様の便所とはいえ
便所掃除は好んでやってねぇからな・・・




「ううん・・・ お帰りって言ってくれるのも」









written by 心