あなたは知らない。
父親の顔を。
母親と本当の母親の顔を。
兄弟たちの顔を。
そして、それらの存在を。
あなたは知らない。
この部屋に一つだけあるドアの向こうに続いているものを。
背の高い木々に遮られた小さな庭の外側の世界を。
絵本に描かれる童話化された世界の真実を。
「ねえ、テスラ」
芝生の生い茂る庭の一角で小さな生き物を撫でる少女がこちらを振り返った。
「なんでしょう、諒子お嬢様?」
「どうしてこの子は鳴かないのかしら。本には『猫はミャァと鳴く』って書いてあったはずなのに」
物心さえつく前にこの部屋へと閉じ込められた彼女は知らない。
白い毛皮に長い耳そして赤い瞳をしたその生き物が、猫ではないということを。
(中略)
目がつぶれるようなうそで 僕をだましてくれませんか
(そうしたら私は貴方だけを信じて生きて行けるのだ。)
きっと、
あなたが「猫」だと信じているあの動物だって、鳴かせることができる。