「お嬢様、起きて下さい」




どれだけ声をかけても身体を揺すっても返答がない。
それもそのはずだろう・・・ と情けなく思う。




「お酒臭いですから窓を開けますよ?」
「・・・・・」




はて・・・? 一瞬何か声が聞こえたと思ったが・・・?




「二日酔いになるまで呑まれたのですか?」
「・・・・・」


「お嬢様?」
「・・・ いやぁ」




いやぁって・・・




「窓・・・ 開けなくてもいいのぉ・・・」
「しかし、お嬢様・・・」




開けようと手をかけた窓から手を引いて
ベッドの上で布団の中に包まるお嬢様を見下ろす私。




「新鮮な空気なんか大っ嫌いなのぉ・・・」
「・・・ お嬢様」




これはまた珍しくお嬢様が落ち込んでいらっしゃるようで。
最後にお嬢様がここまで落ち込まれたのは確か・・・




「結婚・・・?」
「そう、私ザエルアポロと結婚したいの、いいでしょ?」


「だが、・・・」
「何を言われてもどれだけ反対されても結婚するの!」




そう言ってご主人様を困らせた時だったか・・・?
突然ここに連れて来たザエルアポロ様。
彼はお嬢様に「天才」だったか「科学者」だったか
あまりはっきり覚えてはいないがその系統のイメージチェンジをさせた男。




しかし、ザエルアポロ様はご主人様と2人きりで5分ほど話されると
逃げるようにこの家から出て行かれた・・・
それを見たお嬢様は必死に彼を引きとめようとしたが無駄な努力だった。




その夜、お嬢様はジョー様、ウルキオラ、市丸ギン、スターク。
そして私までを真夜中に呼び出して明け方まで自棄酒を呑まれた。
私達仕える立場は次の日、どれだけ辛い思いをした事か・・・




しかしお嬢様はそれ以上に辛い思いをしたらしく
それから3日ほどご自分の部屋の中で過ごされた・・・




3日目の朝、そんなお嬢様を見ていることが辛くなった私は
お嬢様がお好きな色々なデザートをトレイに乗せて部屋に向った。
そしてそのトレイをベッドの上に置き、ひたすらお嬢様に声をかけた。




「お嬢様・・・ そろそろ何か食べられないと・・・」
「・・・ いらない」


「それほどまでにザエルアポロ様を・・・」
「違う」


「え・・・? ち・・・ 違う?」
「もういいの、あんなピンク頭」


「ピ・・・ ピンク頭・・・ ですか・・・?」
「そうよ、青に見えたの?」




その時3日ぶりにお嬢様が私に姿を見せてくれた・・・
かなり・・・ 乱れていらっしゃったが・・・




「あの人と結婚すれば大学の科学の試験がラクになると思ったの」
「・・・ は?」


「だって私科学が苦手なんだもん」
「いえ・・・ そうではなくて・・・」


「なによ?」
「それだけの理由で・・・ 結婚を・・・?」


「大学卒業したら離婚すればいいと思ったの」
「お嬢様・・・っ?!」




お嬢様のその浅墓な思考に驚いて思わず声を上げてしまった・・・
そんな私を見て、お嬢様が・・・ 笑ってくれた事を覚えている。
そしてそんなお嬢様を見て・・・ 
髪の毛も乱れ3日間化粧も落とさずの乱れたお嬢様を見て。
それでもなぜか自分がお嬢様の笑顔を作れたのだと・・・ 誇りに思えた。




「ステラ・・・」
「テスラです・・・」




そんな事を窓際に立って思い出していると
お嬢様が私を呼ばれた、消えそうな声で。




「私ね、ノイトラの彼女になれないかもしれない・・・」
「・・・・・」




その言葉は思ったより私の心を突き刺したせいか
私はすぐに返答できなかった。




「聞いてる・・・?」
「・・・ はい、お嬢様」


「彼女になれないかもしれないの・・・」
「・・・ なぜですか?」


「私ね・・・ パンクロック・・・ 嫌いなのぉ・・・っ!!!」
「・・・ は?」




そして布団に包まったままお嬢様がお声を上げて泣き始めた。
私はショックと馬鹿馬鹿しさで何を言っていいのやら・・・




「だって頭が痛くなるのっ あんな曲!」
「はぁ・・・」


「でもノイトラはパンクロックのバンドやってるのぉっ」
「いえ、しかし・・・」


「こんなんでどうやってノイトラの彼女になれるのぉっ」
「まぁまぁ・・・」




そう宥めながらベッドの端に座り
布団の中にいらっしゃるお嬢様をぽんぽんと優しく・・・




すると、いきなりお嬢様が布団から飛び出されて
私の足に崩れ落ちるように・・・




「お・・・ お嬢様・・・っ」
「なんで演歌じゃないのよぉ・・・っ」


「え・・・ 演歌ですか・・・?」
「それも嫌いだけどぉ・・・っ」




私の足の上に顔を伏せて泣きじゃくるお嬢様。
どうしていいのか分からずにおろおろしていると視線を感じた私。




部屋のドアの方を見るとご主人様がにっこりと笑っていらっしゃり
その横ににやついた市丸ギンが立ち。
そしてジョー様が機嫌悪そうに腕を組んで見下ろすように私を睨み
そのジョー様の隣では無表情のウルキオラが立っていた・・・




お嬢様・・・ 私・・・ クビになっちゃいますから・・・
そう心配しつつも泣かれるお嬢様を慰める事しか出来ない私は
自分が情けないような・・・ かわいそうでもあるような・・・
そんな複雑な気持ちで一杯になってしまった。




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お嬢様の部屋からお庭での朝食に向う父・藍染とその執事市丸ギン。
とりあえずは愛する娘が部屋には篭らなかったと安心するご主人様。
そしてその執事市丸ギンはある事を思い出した。




自分より少し前を優雅に歩くご主人様に向って執事が聞いた。




「そういえば・・・ 旦那はん・・・」
「なんだい、ギン?」


「ザエルアポロはんっておりましたやろ?」
「あぁ、いたね・・・」


「彼はどうなりましたの?」
「どうって?」


「旦那はんと話してすぐに逃げるように出て行かれましたやろ?」
「そうだったね」




そして後ろを歩く執事を振り返り微笑んだご主人様。
その微笑を見て「聞くんやなかった!」と、後悔した執事はぞっとした。
「この人、絶対あの笑み浮かべてなんか言うて脅したんや!」
そう思った執事はそれ以上は聞かない事に決めた。




そして庭に出ていつものように骨董品の椅子に腰掛けたご主人様。
そのご主人様が差し出したカップに紅茶を注ぐ執事。




「ギンは私が化学製薬会社を持っている事も知っているだろう?」
「もちろん知ってますが、それが何か?」


「ザルアロポ君にその会社の話しをしたんだよ」
「そうですか・・・」




人の名前を覚えられないのはこの一族の宿命なのかと
そんな事をふと思った執事にご主人様が話しを続けた。




「そこでたまに毒薬の実験をするってね」
「はぁ・・・」


「それから彼が飲んでいた紅茶の味を聞いたのさ」
「・・・・・」


「そしたら逃げるように出て行ってしまったんだ」
「そ・・・ そうですか・・・」




「誰でも逃げるやろ、それは・・・」
そう小さく呟いた執事の声はご主人様にしっかりと届いていた。




「あぁ、残念だったよ、紅茶の味が聞きたかったのに」
そう微笑んだご主人様が執事には悪魔に見えた一瞬。






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