「ったくあの娘も忘れっぽいよなぁ」
「・・・ ですね」




朝、いつものように見送ったお嬢様から電話があった。
私がお嬢様の部屋を掃除していた時・・・
お嬢様の机に置かれた書類の山を見て「まさか・・・」と思った瞬間だった。




「課題に出されてた論文忘れちゃったから持って来てっ!」




なぜか、その言葉に驚く事もなく「承知致しました」と電話を切った私。
そしてスタークを見つけ、論文と共にお嬢様の通われる大学へ。




「ジョー様にランチを持って来るべきだっただろうか・・・」




そしてなぜか一緒に車に乗っているウルキオラ。




「あの人は適当に学食で食べるんちゃう?」




ウルキオラが行くなら自分も、と市丸ギン。
藍染家の執事がこの黒い背広姿で・・・
襟元に藍染家を示す家紋が入った物を付けて。
こんな格好で、しかもこんな車から降りればきっと誤解されてしまう。
怖い人じゃないかとか・・・ きっとそう思われてしまうだろうに。




「で、ちゃんがどこにおるか知ってるんやろうね?」
「大学に到着したら連絡を入れろと・・・」
「ようは知らないんだな・・・」
「おいおい、そんなんで見つけられんのぉ?」




一瞬、執事達の間に不安が過ぎったが・・・
何があってもうろたえぬ事、それは執事のモットーでもあるから。
とりあえず、大学に到着した私は車から降りる前にお嬢様に連絡を・・・




「あ、良かったぁ、来てくれたんだ?」
「もちろんです、お嬢様」


「じゃぁね、校門の正面にある入り口から入ってすぐに右行って・・・」
「あの・・・ お嬢様・・・?」


「階段を上がったら今度は緑色のドアの横を・・・」
「お・・・ お嬢様・・・っ?!」


「で、茶色いドアを通り過ぎて3個目のドアだから、お願いね?」
「ちょ・・・っ お嬢様っ!!!」


「じゃーねー」
「お待ちくだ・・・ さ・・・ い・・・」




そんな・・・ そんなにいきなり教室までの道順を言われても・・・
書きとめる事さえ出来なかったのに・・・




「持って来いと言われたんだろう・・・?」
「・・・ はい」


「どこに行けばいいか全く把握出来んかったやろ・・・?」
「校門の正面の入り口から入ってすぐ右までは・・・」




ウルキオラと市丸ギンの私を哀れむあの視線・・・
まさかここまで一緒に来ておいて
私一人で行けとは言うはずはない、いや言わせない。




「なぜ私まで一緒に行かなければならないのだ・・・」
「可愛い女の子がようけおるなぁ」
「よそ見してないでお嬢様の教室探してくださいっ」




珍しいものでも見るかのように私達に視線が集まる。
電話を切られてから何度かお嬢様に連絡を入れようとしているが
お嬢様はなぜか電話には出て来てくれない・・・




「おい、テスラ。右だぞ、ここからどうするのだ?」
「そう聞かれても・・・」
「誰かに聞いた方がええんちゃうかなぁ」




と、市丸ギンが提案したが一体誰に聞けば・・・
そう思いながら通り過ぎたある教室。
通り過ぎた瞬間、はっと気が付いた事があった。




それは一緒に並んで歩いていた市丸ギンやウルキオラも同じだったようで
たった今通り過ぎた教室へと3人が揃って後ろ歩きを始めた。
一歩一歩を踏みしめるように下がりながら・・・




「・・・ 見たか?」
「今のひょっとしてちゃんの・・・」
「やっぱり・・・?」




そんな会話をしていたが教室の前で止まり中を覗くと・・・
やはり私達の考えていた事は正解で。




その教室の中にはギターを抱えた青年が一人。
長い黒髪で・・・ 椅子に座っているけど見るからに背が高そうな。
ウルキオラが手に入れた写真の中にいた例のあの男にそっくりで。




「ノントラいう奴や・・・」
「ノイトラだ・・・」
「あれが・・・ お嬢様が恋する・・・」




教室の入り口に立って見ているのだから気が付かれないわけがなく。




「誰、あんた達?」
「市丸ギンや」
「ウルキオラだ」
「テスラ・・・ です」


「で?」
「でって・・・ なんや礼儀のない奴やな・・・」
「挨拶というものを聞いた事はないのか?」
「あの・・・ 藍染様をご存知・・・ でしょうか?」


「藍染・・・?」
「黒い短い髪の毛の可愛い娘がおるやろ?」
「なんだ、可愛いと思っていたのか?」
「ちょっと、2人とも・・・」


「あぁ・・・ あいつか・・・」
「あいつやて・・・ 失礼な奴や・・・」
「せめて「ちゃん」を付ける事は出来ないのか?」
「だから2人とも今はそれどころじゃ・・・」




と、あの2人を落ち着かせようとしながらも
自分の手はしっかりと拳を握っていたのだから説得力はなかったに違いない。
お嬢様はなぜこのような礼儀のない無作法な奴に恋をされたのだろう・・・




「あいつならその廊下を・・・」




そして淡々とお嬢様の居場所を教えてくれたノイトラ・・・
これだけの教室、人数の中で様の居場所を知っている事に驚いた。
しかし、私達も急がなければならない・・・
とりあえずはノイトラにお礼を言い、そのまま様のいる場所へと・・・




「俺が持って行ってやろうか?」




向かうはずだった・・・




「あんた達が何者か知らねぇけど・・・ それ、論文だろ?」
「なんで知ってるんや、こいつ」
「ギン・・・ 封筒に論文と書いてある・・・」
「・・・・・」


「持ってってやるよ」
「ですが、これはお嬢様の大事な論文・・・」


「前からあいつとは話してみたいと思ってたんだ」
「・・・・・」


「最近、よく目に付くしな、気になってたんだ」
「・・・・・」




手にしていた封筒をノイトラに渡して「お願いします」と頭を下げた。
そして素早くこの校舎から出て行き、車の中に。




「良かったのか、あれで・・・」
「なんで渡したんやろうなぁ・・・」
「それは・・・ 私はお嬢様の執事だからです・・・」




私はお嬢様専属執事。




お嬢様に不自由ないように・・・ 
幸せであられるために仕える身・・・




あの封筒を手渡してから家に戻るまで・・・
私は何度そう自分に言い聞かせただろう・・・




++++++++++++++++++++++++++




「まぁ、元気出し・・・ な?」
「きっと嬉しそうに帰って来るだろうな」
「・・・・・」




家に戻り全ての仕事を終らせると台所で休憩中の執事達。
小さなテーブルを囲んでテスラを慰める市丸ギンとウルキオラ。




執事として、そして一人の男としても
愛する女のために自分から身を引いたテスラを慰めていた。




そんなテスラに突然連絡が入った。
もちろんその着信音でお嬢様だとみんな分かる。




「はい・・・ テスラです・・・」
『ステラの馬鹿あああっ!』




突然聞こえてきたのはお嬢様の怒鳴り声。
いや・・・ 泣き喚いている声とも言えるかもしれない。




「お嬢様っ?!」
『お昼御飯におはぎ食べたのにいっ』




携帯から聞こえてくるその内容はテスラ以外の2人にも聞こえており
その内容を聞いていたその他の2人も顔を顰めた・・・
おはぎを食べたから一体どうしたというのであろう・・・?




『ノイトラが論文届けてくれたじゃないっ』
「はい、それは承知でございま・・・」


『おはぎの豆の皮が歯に付いてたのおおおっ!!!』
「・・・ は?」


『そうよっ 私の歯に付いてたのっ 笑われちゃったじゃないよおおおっ!!!』
「あの・・・」


『テスラなんか大っ嫌いいいっ』
「・・・・・」




こんな時にだけ名前をしっかり呼ばれ・・・
アレだけ辛い思いをして身を引いたのに・・・




お嬢様が電話を切られた後に
テスラがその携帯を無言でただ踏みつけていたのを
2人の執事達は温かく見守ってやった・・・






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