「まったく信じらんないっ!」
「も・・・ もうしわ・・・」
「まぁまぁ、わざとやなかったんやし、もうええんちゃいますか?」
「ギンはお父様の専属でしょっ 黙っててよっ」
「すんません・・・」
「あの、お嬢様・・・」
あぁ、私が思わず携帯を壊してしまったために
私と連絡が取れなかったとお嬢様のご機嫌が悪い・・・
市丸ギンは私を庇ってくれようとしたが反対に怒られる始末。
「なによっ」
「ご用件は・・・ なんだったのでしょうか?」
「そうや、急ぎだったんとちゃいますか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
お嬢様は俯いてしまった・・・
「お嬢様・・・?」
「・・・・・」
「お嬢様?」
私とギンを交互に見上げるお嬢様・・・ まさか・・・
「・・・ 忘れたっ」
「・・・・・」
「・・・・・」
やっぱり・・・ 思った通りだと私と市丸ギンの肩が落ちる。
無様に怒られながらも心配していた私達の立場は・・・ 最初からなかった。
「何をしている?」
「ウルキオラ・・・ ねぇ、ジョーは?」
玄関に入ってすぐあるこの空間。
丸いカーペットの上に立つ私達を見たウルキオラ。
それをチャンスに気まずくなったこの雰囲気から逃げ出そうと
そのウルキオラに会話を持って行くお嬢様。
素直に謝ってくれなくとも、「まずい」と思ったのがすぐに分かる。
そんなお嬢様の強情さも時には愛らしく見えるもので・・・
「知らない、俺は執事だ、テスラのように子守ではない」
それなのにお嬢様に突っかかるウルキオラはある意味凄い。
むっとしたお嬢様に歩み寄られて・・・
「ウルキオラのそういうところ、すっごくいやっ」
そう言われながらパンチングバッグのように
お嬢様のあの小さな拳で殴られてもびくともしないウルキオラ・・・
まるで呆れたようにそんなお嬢様を見ているだけなのだから彼は凄い。
「そういえば・・・ スンスン嬢が来るそうだ」
「スンスンが?!」
スンスンお嬢様は、この藍染家の長女となるお方。
すでにこのお屋敷から一人立ちをされているが時々遊びにやって来る。
お嬢様はそのスンスンお嬢様を心から慕っている。
さっきまでの機嫌の悪さもこの吉報で嘘のよう。
お嬢様は私の手を取ってスンスンお嬢様のために
ケーキを買いに行こうと、とても嬉しそうにはしゃいでいらっしゃる。
そこに丁度帰宅なされたのは・・・ ご主人様。
その姿が視野に入っただけで私達執事は腰を90°に曲げて彼をお迎えする。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「楽しそうだね、一体何があったんだい?」
「お父様っ スンスンが来るんだって!」
「へぇ、そうなのかい? それではそんなに嬉しそうなんだね?」
「ねぇ、ステラと一緒にスンスンの大好きなケーキを買いに行ってもいい?」
「あぁ、もちろんだ」
「それからステラの携帯も買っていい?」
「携帯? どうした、使っていたのは壊れたのかい?」
「そうみたい、連絡が取れなくて困ったんだから」
そんな会話をしながらご主人様はコートを脱いで市丸ギンに渡す。
そのコートは市丸ギンの腕に掛けられる。
そして次には背広のジャケットが手渡され、それも市丸ギンが受け取る。
ご主人様がそうして楽になられるとネクタイが緩められる。
ご主人様とお嬢様は長い廊下を歩きながらにこやかに会話を進めて
その後ろを私達が少し離れて歩いて行く。
長い廊下を歩いて左に出てくるのがリビングとでも言えるこの広い部屋。
ご主人様はそこにある大きなソファーに腰掛けると
自分の隣にお嬢様が座るのを待つ。
が・・・
今日みたいにお嬢様がご主人様に強請りごとをする時は
ご主人様もすぐに財布を取り出して一枚のプラスチックをお嬢様に手渡す。
「楽しんでおいで」
「お土産、持って帰るからね!」
お嬢様はそのプラスチックを受け取ると私の手を取って家から出た。
そのプラスチックとはもちろんご主人様名義のクレジットカード。
スタークを見つけて車に乗り込んでいざ、街へと出発。
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ご主人様はソファーに座ったまま長い足を組むと
当たり前のように出された紅茶に手をつける。
紅茶の入ったカップを手にしてソファーの背もたれに
ゆっくりとすがり、何かを思い出したように微笑んだ。
「スンスンお嬢様が遊びに来られるのが余程嬉しいんですねぇ」
「もちろん・・・ だが私を微笑ましてくれるのはだよ」
それを聞いた執事はある事を思い出した。
昔からこのご主人様はお嬢様には甘いという事。
お嬢様は何をしてもご主人様には怒られない。
いや・・・ 他の子供達が怒られることもないが・・・
「お嬢様、何かされはったんですか?」
「気が付かなかったのかい?」
「はい?」
「が執事の名前を覚えたじゃないか」
「はぁ?」
「ステラだよ・・・ ちゃぁんと彼の名前を覚えたようだ」
「いやいや・・・」
「僕の眼に狂いはなかったようだ、ギン」
「だから、あの・・・」
「彼ならきっとにとっては特別な執事になると思っていたんだ」
そう言って窓から見える景色を眺めながら幸せそうに微笑むご主人様。
それを見守る市丸ギンはどれだけステラではなく、テスラだと言いたかった事か。
しかし、ご主人様の幸せを守るのも執事の役目。
やっぱりこの一族は人の名前を覚える事が出来ないのだと・・・
いや、テスラの名前を覚える事は出来ないのだと確信しながら
幸せそうなご主人様を見て幸せを感じる市丸ギンの午後であった。
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