「ねぇ、ちゃーん・・・」
「ん? なぁに、スターク?」
「テスラの携帯とスンスンちゃんのケーキ買うんじゃなかったっけぇ?」
「そうよ?」
「んじゃぁさ、なーんでこんなに荷物抱えてんの、俺とテスラ」
「ちょっとした寄り道よ、寄り道」
お嬢様はそう言って微笑まれたが・・・
私とスタークはこれ以上は持てないほどの袋を手にぶらさげ
そして脇にはこれ以上は無理というほどに箱を抱えている。
その状態で必死でお嬢様の後を歩いている・・・
そう、これがお嬢様のちょっとした買い物。
私の携帯とスンスンお嬢様のケーキを買うために出て来たこの街。
お嬢様が最初に立寄った場所は・・・ もう覚えていない・・・
「ちゃーん、重いんですけどぉ」
「んもぉ、スタークは頼りないんだからぁ」
そう言って頬を膨らせるとスタークから一つの箱を取り上げた。
スタークを手伝うのかと思えば、お嬢様はただ単に
その箱の中にある香水を取り出しただけで・・・
その香水を付けられると箱の中に戻してまたスタークに。
半泣き状態のスタークを可哀相にも思うが
人の事を哀れんでいる暇がない事も事実で。
私だって荷物を抱えているわけだから。
しばらく歩いてやっと、お嬢様が入られたのは携帯屋。
そこでお嬢様は最新型の携帯を私とお嬢様のために購入された。
ここはお嬢様の行きつけのお店。
今まで使っていた古いのはこのお店が引き取った。
「はい、ステラのね」
そう言ってお嬢様は私の新しい携帯をポケットの中に。
両手が使えない私のパンツポケットに。
それを見たスタークは妙に私を羨ましがっていたが
とりあえず、それは無視する事にした。
そこから先ほど駐車した車までまた歩く・・・
いや、歩かされる私とスターク。
一度、車に荷物を置いてから今度は逆の方向へ。
そんなお嬢様に一声かける私。
「お嬢様、もうそろそろ帰宅せねば・・・ スンスンお嬢様が・・・」
「え? もうそんな時間なのっ?!」
これ以上のショッピングを潔く諦めてくれたお嬢様。
車に乗ってあのケーキ屋さんへと向かった。
スンスンお嬢様のお好きなケーキをいくつか選び・・・
ジョー様のケーキ、ご主人様のケーキ。
そして執事である私達のためにもいくつかケーキを選んだお嬢様。
最後にお嬢様自身のケーキを選ばれた頃にはケースの中は
ほとんど空と言ってもいい状態でケーキ屋の主人が喜んだ。
「やれやれ、そろそろ帰りますか?」
車の中に戻って来た私とお嬢様を見てそう言ったスターク。
しかしお嬢様は「ううん、もう一ヶ所だけ・・・」と。
不思議そうにスタークが私を見たが
私にはお嬢様が行きたいという場所は・・・ 見当も付かない。
「ステラ、覚えてるかな?」
「何をでしょう、お嬢様・・・?」
車の後部席で私の横に座られたお嬢様が
悪戯な微笑で私の顔を覗き込んでそう聞いてきた。
「前にね、2人で行った場所なんだけど・・・」
「私と・・・ お嬢様が、ですか?」
お嬢様と行った事のあるいくつもの場所が私の脳裏を駆け巡る。
でも、どれ一つとしてピンと来る場所ではなく・・・
お嬢様に従ってスタークの運転する車が辿り着いた所は
邸宅から少しだけ離れた小さな公園だった。
公園の中には噴水があり、その古びた噴水が象徴的だった。
それもそのはず。
「お嬢様っ まさかっ?!」
「今日は違うわよ」
一瞬、この公園に訪れた過去の思い出が甦り
車から降りようとするお嬢様を引き止めてしまった。
以前、ここに訪れたのは夜中。
酔っ払ったお嬢様が散歩をしたいと我侭を言われた時の事。
一人で行かせるわけにも行かず、付いて来たのがこの公園。
そしてお嬢様は持っていたカバンからなぜか洗剤を取り出して
この噴水の中にその洗剤を入れられたのだった・・・
数分するとその噴水からは泡が溢れていた。
その場を巡回中の警察官に見られて逃げようとしたけれど
酔っ払ったお嬢様は走る事が出来ずに。
私がお嬢様を背負って必死に逃げた思い出のあるこの場所。
「お嬢様・・・ なぜここに・・・?」
疲れたと車に残ったスタークを置いて
私はゆっくりと歩くお嬢様の少し後を歩いていた。
「ここから見える夕日、綺麗なんだって」
「夕日・・・ ですか?」
「うん」
「・・・・・」
正直・・・ お嬢様がその様な事に興味を持たれていたとは
全く知らなかった私には、その言葉が信じられなかった。
「ノイトラがね、歌ってたの」
「・・・・・」
やっぱり・・・ そうでもなければお嬢様が夕日を言葉には・・・
「愛する女と夕日を見てなんとかかんとか・・・」
「は・・・?」
「なんて歌ってったっけ・・・」
「さぁ・・・」
「とにかく夕日がどうのこうのなのっ」
「はぁ・・・」
「その歌聞いた時に、ステラとここに来た事を思い出したのっ」
「そうですか・・・」
思い出してくれただけでも・・・ 嬉しいと思える。
「だから、ジョーがここからの夕日が綺麗だって言った時に・・・」
「・・・・・」
「ステラと・・・ 来て見たかったの」
「お嬢様・・・」
なんという光栄なんだろう。
そう思うと恥ずかしくなってくるが・・・
お嬢様が私と・・・ そう思ってくれた事が何よりも嬉しかった。
「こうゆう夕日を好きな人とって歌ってたんだけどな・・・」
そう呟いて沈みかける夕日を見つめるお嬢様。
私は、今、好きな人と夕日を見ている。
お嬢様と・・・ 夕日を。
「あーっ もうっ! なんて歌ってたのか思い出せない、ステラっ!」
「テスラです・・・」
せめて、名前はちゃんと言って欲しかった。
せめて、他の男の事を言って欲しくなかった。
「今度のノイトラのライヴにはステラも一緒に行ってよねっ」
「だから・・・ テスラです・・・」
「私が覚えられない歌詞はステラに覚えて貰うからっ」
「テスラです・・・」
どうしても他の男の名前を出すなら。
やっぱり、せめて名前ぐらいはちゃんと言って欲しかった・・・
こんなにも美しい夕日を前にして
私の悩みがお嬢様にちゃんと名前を覚えて貰う事だとは。
あまりにも自分が可哀相で思わず夕日に向って叫びたくなる。
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「遅いね、」
お嬢様の事となるとやたらと心配性になるご主人様。
そんなご主人様を労わるように市丸ギンは・・・
「もうすぐに帰って来ますよ」
「あぁ・・・ そうだといいんだが」
「手にいっぱいのケーキを抱えて」
「それだけならいいんだが・・・」
さすが、ご主人様。
お嬢様が買い物、しかもご主人様のカードで買い物をすると
トラック一台分ぐらいの物を買って帰られる事をよくご存知で。
そんな事に感心しているとウルキオラが現れた。
「ご主人様・・・」
「どうしたんだい、ウルキオラ?」
「配達の者が・・・」
「配達? 別に何も頼んでいないよ?」
「お嬢様への物のようです・・・」
「しょうがないな」
少しだけ微笑んで椅子から立ち上がったご主人様。
その後を歩く市丸ギンとウルキオラ。
玄関まで辿り着いたご主人様の顔が青ざめた。
そして市丸ギンはウルキオラに聞いた。
「なんで赤ちゃん用具やら家具やの・・・?」
「パンクロック系だったからだそうだ・・・」
「どういう意味?」
「パンクロック イコール ノイトラだったのであろう・・・」
「単純な思考回路やなぁ、相変わらず・・・」
「あぁ、しかもご主人様の会社が売っている物だ」
まさか、と市丸ギンはご主人様の肩越しに積み重なる箱を見た。
どの箱にもご主人様の会社のロゴが記されている。
そしてご主人様が手にする伝票を見て驚いた。
総額 - 230万円。
何を買えばここまで値段が上がるのか・・・
伝票を見つめるご主人様が市丸ギンに聞いた。
「は・・・ 私がこの会社の社長だと知っているんだろうか?」
「どうしてそんな事を聞かれはるんですか? もちろん知ってはるでしょ?」
「じゃぁ、どうしてわざわざ買うんだい・・・?」
「そういえば・・・ 社長に言えばただですよね?」
この日、ご主人様はお嬢様用にクレジットカードを作られた。
もちろん、使用額に制限を付けたのは言うまでもない。
「一度の使用額が200万ならば意味がないではないか・・・」
「そやねぇ、次の店に行けばまた200万は使えるんやし」
この親あってあの娘あり。
そんな名言とでも言える言葉がご主人様を横目で見つめる
市丸ギンとウルキオラの間で交わされた。
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