天気の良い日。
大学へ行かれたお嬢様は今頃ランチの時間。




私もお嬢様の部屋の掃除が終り
市丸ギンとウルキオラと3人で庭へ出てランチを。
お互いにそれぞれ思うことは別だろう。




市丸ギンは週刊誌を手にして。
ウルキオラは本を片手に。
そして私は青く輝く空を見つめて。




お友達と一緒にこの素晴らしい天候の中で
きっとお嬢様も素敵な時間を過ごしていらっしゃるに・・・




「今の音、なんやっ?!」
「テスラ、見て来い」
「どうして私が・・・」




お嬢様の事を想っている私の耳に突然大きな音が。
その音は市丸ギンにもウルキオラにももちろん聞こえていた。
お互いに顔を見合わせた私達は、一体何事かと慌てていた。
・・・ が、嫌な予感を感じたのは同じで
誰も様子を見に行きたがらない。




「なんでもええっ はよ様子を・・・っ」
「・・・ 見に行く必要はなさそうだな」
・・・ お嬢・・・ 様?」




庭へと開くスライディングの窓。
そこには息を切らして立っているお嬢様の姿が。
私達の視線が獣のように息を切らすお嬢様に向けられた。




「ス・・・」
「ス?」
「ス?」
「ス? ですか? お嬢様?」




何かを伝えようとするお嬢様。
しかし、『ス』の一言では何がどうなっているのか分からない。
私達、執事はお嬢様から視線を外し
もう一度、お互いの顔を見合った。




「ステラ・・・」
「あんたや」
「お前だ」
「いえ、私はテスラです・・・」




ステラと呼ばれている事を認めたくなかった私。
だが、そんな事がお嬢様に通じるわけも無い。




「ステラ・・・っ」
「いや、あんたや」
「絶対にお前だ」
「やっぱり・・・」




渋々と立ち上がり、お嬢様の元へ。
息を切らすお嬢様の肩にそっと手を置いて
まずは安著を確認しようと思ったが・・・




「猫に・・・ なるっ」
「・・・・・」




今、お嬢様から出た言葉は無視しよう。
そう心に決めてもう一度お嬢様に安著を確認した。




お嬢様、大丈夫ですか?」
「猫に・・・っ 猫になるっ! って言ってるの!!!」


「・・・・・」
「・・・・・」




どう答えてよいのか分からない私と
私の返答を待つお嬢様の瞳はしばらく見詰め合っていた。




「聞いてるの?!」
「お腹が空いていらっしゃいますか? すぐにランチを・・・」




どうしても、耳に入ってくる言葉を無視したい。
その願望で会話の流れを変えようと必死な私。
背中にちくちくと感じるのは市丸ギンとウルキオラの視線のはず。
そして息が苦しいのは私の襟元を掴んでいるお嬢様のせい。




「ノイトラが・・・ 猫好きなのっ」
「そ・・・ そうですか・・・っ」


「猫になって拾って貰うのっ」
「お・・・ お嬢様・・・っ 苦しい・・・っ」




私の顔が青くなり始めたのか
市丸ギンとウルキオラが私をお嬢様から解放してくれた。




「人間は・・・ 猫にはなれない」




ウルキオラがそう言ってくれたが意味などない。
お嬢様の頭の中ではすでに結論が出ているのだから。




「猫になって・・・ ノイトラはんに拾って貰う・・・ ですかぁ?」
「そうよ、ギン!」


「無理ちゃいますかぁ?」
「ギン、あなたはキツネでしょ? 私にだって猫になれるはずっ」




そのお嬢様のお言葉にかなり傷付いたのか
市丸ギンは後ろに立っていたウルキオラに向かい
お嬢様を指差して「キツネやて、キツネっ!!!」と、まるで・・・
まるで小さな子供が告げ口をしているような態度を取っていた。




どうしていいのか分からずにとりあえずお嬢様に聞いてみた。
一体どうやって猫になるつもりなのか、と。




「コスプレよっ! いいえ、コスプレにゃんっ!」




コスプレ・・・ にゃん・・・?




「ステラっ 私に名前を付けて、猫の名前を」
「いえ・・・ そう言われましても・・・」
「タマはどうだ?」




いきなり話に飛び込んできたのはウルキオラ。




「おばあさんみたいでいやだ・・・」
「シロ」
「そりゃ、犬やろ、どっちか言うたら・・・」




そして、市丸ギンが便乗して。




「トラでもいける」
「タイガーの方がええやろ?」
「どっちも可愛くないっ」


「定春はどうだ?」
「いや、それならエリザベスやろぉ?」
「ジャスタウェイでもいいよね?」




いや、どれも猫じゃないと思うんですけど?
それに、ジャンルが違います・・・




あぁ・・・ こんなに美しい日なのに。
どうしてこんなに世界が歪んで見えるんだろう。





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一日の仕事を終えてご主人様が帰宅された。
まずは執事の市丸ギンに子供達の事を聞くご主人様。




もジョーも無事に一日を過ごしたかい?」
「いやぁ・・・ それがですねぇ・・・」




返答に戸惑う市丸ギンとリビングへ向かったご主人様。
いつものようにソファーに座り寛ごうとしていた。
その瞬間、いつもと様子が違う事を感じたご主人様。




まずは、自分の頭に重みを感じた。
何気に手を伸ばし確認すると何かを捕まえたその手。




「ギン・・・ これは?」
「ですから・・・」




そして感じた足元での小さなインパクト。
市丸ギンを見ながら自分の足元を見ようと体を乗り出すご主人様。
見つけたものをもう一つの手で捕まえそれを市丸ギンに見せる。




「ギン?」
「・・・・・」




返答に時間を掛ける市丸ギン。
それでも黙って笑顔で彼からの返答を待つご主人様。
何気にその部屋の空気が冷たくなった事に市丸ギンは気付いていた。




「お帰りなさいにゃぁっ」




そこに突然、お嬢様がご主人様の前に現れた。
まさか・・・ と案ずるご主人様。




「あぁ、ただいま、。ところで・・・」




少しだけ戸惑いながら手にするものをお嬢様に見せるご主人様。
そんなご主人様を見てにっこり大きく微笑むと
「私の兄弟達にゃん」と、迷いも無く答えられたお嬢様。




「きょ・・・ 兄弟、達? でも君の兄弟は・・・」
「私は今日から猫になるにゃん」


「猫・・・」
「そうにゃん」




助けを求めるように市丸ギンを見つめるご主人様。
その視線をしっかりと受け止めると
「ノ イ ト ラ」と無音で伝える市丸ギン。




「私の兄弟達も可愛がって欲しいにゃん・・・」




甘えるようにご主人様に摺り付き
上目使いでご主人様を見上げたお嬢様。
そして、溶けるような笑顔でお嬢様に答えるご主人様。




「こんなに君の兄弟達を産んだ覚えはないんだが・・・」




それを聞いて「産むわけないやろっ」と思ったのは市丸ギン。




「でも、がそうしたいなら構わないよ」




そう言うとお嬢様の顎に舌を指先で撫でるご主人様。
「お父様、ごろごろにゃーん」と、抱きつくお嬢様。




「付いて行けへんわ・・・」と、部屋から出て行ったのは
ご主人様のお嬢様への甘さにいつも呆れてしまう
ご主人様専属の執事、市丸ギンであった。






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